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2007.11.09 (Fri)

7年前のあの日。



こんばんは、奈々です。

そういえば7年前の今日もこんな曇りの日だったなぁ。



本当は一番最初にみなさんにお話すべき猫がいました。

クニコさんが私を猫に目覚めさせたのだとしたら、

この子は私が猫道に足を踏み入れるために背中をポンと押してくれた

猫でした。




【続きはこちら】




名前はチビ。

3人兄弟でおにいちゃんと弟に挟まれた真ん中の女の子。

少々きつめの性格でした。(人間も真ん中はしっかりすると言うけれど)

野良猫のお母さんがウチの裏庭にこの3兄弟を置いていってしまいました。

クニコさんとの苦い思い出がまだ生々しかった私はどうしてもこの子たちを

育てたかった。

でも、ウチの父は大の猫嫌いだったんです。

今になって思えば、決して嫌いではなかったんだと思うのですが

当時は猫の話はタブーでした。

猫の毛を見つければ"汚い"、ちょっとでも走る音が聞こえると"うるさい"と、

少しでも猫の気配を感じると不機嫌になります。

裏庭にはめったに出ない父ですが、たまたま猫に遭遇すると追い払ってしまうのです。



私としては納得できません。

「犬はいいのにどうして猫はダメなの?」

そうです。それまで飼った犬はみんな父が親戚や知り合いからもらい受けて

来たんですから。

自分にはとても厳しい父でしたが、私にはとても優しい父です。

それまで怒られたことはありません。

だからそんな父にたてつくような気がして私も強く言えないでいたんです。

母と二人でこっそり見つからないように面倒を見ていました。



そんなある日、チビが突然いなくなってしまいました。



お兄ちゃん猫と弟猫は変わらず裏庭にいます。

でもチビだけがいない。

3日…5日…経っても帰ってきません。

父の手前、おおっぴらに探すこともできず、ただひたすら無事を祈ってました。

そして1週間を過ぎた頃、夜中に窓の外でか細く鳴く猫の声に気がつきました。

あわてて窓を開けて暗闇に目を凝らしてみると、チビでした!

「帰って来た!」と安心したとたん、本当に血管が緩んで体中に

ドッと血が巡るのを感じたほどです。

ガリガリに痩せて怖い思いをしたのか全身をプルプル震わせているチビが

私の膝をめがけて飛び込んできました。

「良かった・・・良かった」とぶつぶつ呟きながら、チビの体を拭いてごはんを

あげながら私は決心したんです。父を説得しようと。



その結果、なんとか条件付でしたが許可をもらいました。

晴れて家猫となったチビはあまり外に出たがるそぶりも見せず、

すんなり家猫になりました。

でも不思議と私以外の人にはなれることがありませんでした。

母にはなれていたけど、決して抱っこはさせませんでした。



しかし、残念ながらチビはエイズウィルスのキャリアだったんです。



大人になるまで、ずっと元気でした。

よく遊んでよく食べて、顔つきも丸く可愛くなりました。

でも、今から7年前、2000年の春先から急変しました。

発症してしまったんです。チビが家猫になって14年が経とうとしていました。



日によってめまぐるしく変わるチビの体調に一喜一憂しながら、

私は結婚を控えて忙しい日をすごしていました。

調子がいい時はごはんも食べます。窓の外を眺めたりもします。

でも具合が悪いと何も食べず、横になっていました。

薬も飲ませなければいけないけど、とても敏感な子で、無味無臭のはずの薬でも

ごはんに入れると決して食べません。

なんとか食べさせようと手作りでごはんを作り、薬をのませていました。

それでも具合が悪いと病院に連れて行き、注射と点滴を受けました。

帰ってくると元気になり、ごはんを食べるのでホッと一安心。

でも次の日にはまた横になり・・・の繰り返し。



式の打ち合わせなどもあり、外出が多かった私は、出かける時には必ず

「早く帰ってくるからね、待っててね」と声をかけ、

家に戻ってチビが息をしていると「良かった」と胸をなでおろしていました。



そして、7年前の今日、11月9日。

この日は一日何の用事もなく、家で式に使う小物を作る予定でいました。

今日はチビのそばに一日いられる、そう思ったのをよく覚えています。

でも私のすぐ隣の寝床で横になっているチビの呼吸はとても浅いものでした。

心なしか体温も低いような気がします。

覚悟はできていたはずです。チビの病気が発覚してから

いつかは必ずこういう日が来る。その日を想像して何度も泣きました。

心の準備はできていたはずでした。



でもね。

最後の最後、もう立ち上がれなくなっていたチビが私の膝に来ようと

起き上がったんです。

力なんか入りません。すぐに倒れてしまいます。

それでも一生懸命私の膝に手をかけるんです。

もういいよ、チビ。がんばらなくていいよ。

そう言いながらびっくりするくらい軽くなってしまったチビを抱っこすると

ふうっとひとつ大きく息を吐いて、最後に2、3度痙攣して、

私の膝の上で逝きました。

結婚式の1ヶ月ほど前でした。



『チビが他の人になれなかったのは、あんたに恩を感じてたからだよ。

 一番最初に助けてくれて、いなくなったときも一番最初に見つけてくれた。

 だから迷惑かけないように先に逝ったんだよ。

 猫は家につくって言うけど、この子は本当にあんたのことが大好きだったんだね。』



最期の様子を見ていた母はそう言いました。



チビがあの時帰ってこなかったら、私は父を説得しようとは思わなかったかも

しれません。

チビが病気を持っていなかったら、私は猫の病気について何も知ろうとしなかった

かもしれません。

チビがいなかったら、こんなに猫好きにならなかったかもしれません。



チビのおかげでたくさんの猫たちと友達になれたよ。

7回忌を知らせるはがきを見ながらそう言いました。



┏─┓―――――――――――――――――――――――――――○○●
│★|ありがとう、チビ。
┗─┛―――――――――――――――――――――――――――○○●



7回忌によせて。
↓※音が出ます!(2分30秒)





┏─┓―――――――――――――――――――――――――――○○●
│★|編集後記
┗─┛―――――――――――――――――――――――――――○○●



もっとちゃんとたくさん写真撮っておけばよかったな。

そう思う今日この頃。

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テーマ : 愛猫との日々 ジャンル : ペット

タグ : 思い出

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*Comment

奈々さんは素晴らしい出会いと別れを経験されてきましたね。
チビちゃんも幸せな思い出を持って旅立ったことと思います。
でも会えるのはもうちょっとだいぶ先の楽しみに(^^;)
いつもそばで見ててくれますよ。

筋肉痛は治りました?
次の日に出るってことは…意外と鍛えてますな!(笑)
まだヒジが笑ってたりして…キヒヒ…


kao |  2007.11.09(金) 17:09 |  URL |  【コメント編集】

ネジの前に飼っていた猫白血病で逝った前猫とあまりにかぶる部分が多すぎて、涙で前が見えません・゚・(ノД`;)・゚・
nejinoheya |  2007.11.09(金) 22:33 |  URL |  【コメント編集】

奈々さんの膝で旅立てたチビちゃん、
幸せでしたね。
そして今も大切に思われている、
このことは何よりも幸せなことですね!

猫は三日で恩を忘れる、なんて言われますが
そんな事はないですよね。
大切にしてくれた人のことは絶対に忘れない・・・。

運命の巡り会わせで、それまで想定外だった
猫との暮らしがはじまったのですが
そのおかげで猫の愛情深さを知ることができました。

そして自分もこんなになにかを愛せるんだなぁ・・・
と、知ることが出来ました(^^)とてもウレシイ発見でした♪

あらら?最後は文章にまとまりがなくなってしまいましたね★
スミマセ~ン(゜∀゜;)エヘヘ・・・。
maquio |  2007.11.10(土) 11:32 |  URL |  【コメント編集】

チビちゃんの動画見ました。
泣きそうでした。

仔猫のチビちゃんがいなくなったときは、どうだったんでしょうね。
迷子かな。
それともあまりにかわいくて近所の子どもたちに思いつきで連れて行かれて(うちの猫もそのような経験があるもので)・・そして必死の思いで奈々さんのところに戻ってきたのかな。

チビちゃんは、エイズキャリアだったのに14年も生きられたのは、奈々さんのもとでストレスなく幸せに暮らせていたからと思いました。
奈々さんは、チビちゃんにとって全てだったんだと思います。
奈々さんが一日家にいられる日を心で感じ、チビちゃんは大好きな奈々さんのお膝の上で永遠の眠りにつこうと決めたんだと思います。
猫にも心がありますから、そう思えて仕方ありません。

私の亡き・ぴー輔も旅立ちの時、チビちゃんと同じようなことをしました。

チビちゃんは、奈々さんのことを今も見ているね、きっと。
きなこ |  2007.11.10(土) 12:48 |  URL |  【コメント編集】

猫の前に、フェレットを2匹飼っていましたが……
ワタシは2匹とも、その最期に立ち会えませんでした。
ちょっとした時間差だったんですけどね……。
今度の猫の場合はどうなるだろう?
運命もありますし、立ち会えなくても仕方はないですけど。
チビちゃんは、最期を奈々さんの膝で迎えられたのですね。
よかったぁ……(涙)
あめぶら |  2007.11.10(土) 14:11 |  URL |  【コメント編集】

■感謝でいっぱい♪

♪kaoさん

うん、いつも見ててくれてるよね。
チビをはじめ、早くもう一度みんなに会いたいと思う反面、そのためには私が死ななきゃならないし。悩むところだ。(笑)

筋肉痛は・・・もちろん、まだ尾を引いてますとも!
初日より段々痛みが強くなってますとも!
・・・やっぱりもうちょっと鍛えよう・・・・(ToT)


♪nejinoheyaさん

ごめんなさいね、辛いことを思い出させてしまって。
キジトラの子はたくさんいたし、みんな可愛いのに、今でもよそのキジトラさんを見ると「チビだ!」と口走ってしまいます。
自分でもわからないけど、何か特別なのかな。


♪maquioさん

Ticoちゃん、術後の経過も良好そうで良かったです☆
maquioさんのお風邪はいかがですか?

「3日で恩を忘れる」ってどうしてそう言う様になったのかなぁ?って思うくらいそんなことない猫がたくさんいます。確かに自由気ままが好きなところはあるだろうけど、それとは別物だと思うんですけどねぇ。

最後に膝に置かれたチビの手の感覚は今でもはっきりと覚えています♪


♪きなこさん

チビがいなくなった経緯は今でも謎です。
でもやっぱりこれがきっかけで猫は室内飼いに限ると思ったんですよね。
野良猫⇒家猫にするにはそれなりに時間がかかるので、その訓練中が一番ヒヤヒヤです。

何も予定がなかった日は後にも先にもあの日だけだったんで、本当にチビ自身がそう決めたのかもしれませんね。そうだったとしたら本当に親孝行な子でした。

ぴー輔ちゃんもきなこさんに包まれて幸せいっぱいに過ごしたんでしょうね。
虹の橋でぴー輔ちゃんとチビ、遊んでいるかな?だといいな。(^-^)


♪あめぶらさん

チビの場合はたまたま立ち会えましたが、立ち会えなかった子もたくさんいるんですよ。でも、本当は立ち会えたかどうかじゃなくてその子が心穏やかにその時を迎えられるかどうかが大切だと思っています。
たとえ立ち会えなくても、ほんのり暖かい間はまだその場所にいるんだと思っちゃう。

レンくん、タカヤくんにはまだまだずーっと先の話だけどね☆
奈々 |  2007.11.10(土) 15:05 |  URL |  【コメント編集】

チビちゃんもきっと奈々さんに「ほんとにほんとにいっぱいありがとうね」って言ってると思います。
FIVのニャンコの最後は本当に切ないですね。治療しても治療しても新たに違う症状が生まれてきて・・・。こんなにがんばってるのになんでなんだー!神様のいじわるー!って叫びたくなります。
わたしも奈々さん同様何度も泣きました。
すーたんの先代「ニャンコ先生」もそうでした。最後の時もチビちゃんとすごく似ていて、家族に囲まれて・・・つーっと一筋涙を流した後、大きく息をしました・・・。最後の時がとっても穏やかなのは、せめてものがんばったご褒美なのかな・・・いや~ん、ちびちゃんのムービー見たらニャンコ先生に会いたくなってきた~(号泣)
mikinyan |  2007.11.15(木) 02:11 |  URL |  【コメント編集】

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